もう30年も前になるだろうか。真鶴の釣具店さんに頼まれてアオリイカの餌木を作ってくれと頼まれたことがあった。当時は圧倒的にウキの注文が多かったしルアーフィッシングのプラグも結構作っていたがエビの形にしてくれと言われたのには困った。この時に芯をずらして片側だけを削る手法をあみだした。これによってかなり複雑な形のプラグを作れるようになった。この釣具店のご主人こそが俺をここまでのし上げてくれた方だ。まだまだ未熟だった俺の製品を文句をを言うことなく直ぐにキャッシュで支払いしてくれた。どれだけ助かったかはかり知れない。その餌木の試作品が出てきた。200個位売れただろうか。

その後間もなく俺にトンネルボーリングマシーンのインストラクターの仕事が舞い込んだ。背に腹は代えられないので飛びついた。幸い夏場は暇なので釣り具の仕事は続けたがインストラクターの給料は釣り具の製造比ではなかった。3倍位の金が入ってきた。釣り具の製造やめてしまおうかなと思ったこともあったが下水工事の仕事なので完備されてしまえば終わってしまうのではないかと思って両立させた。案の定今はインストラクターの仕事はゼロ。インストラクターの会社も解散してしまった。餌木に話を戻そう。お馴染みさん達が遊び半分で色々なものを要求してくるので我工房ではエビの形をした餌木はほとんど出ない。

当時真鶴の釣具店さんは、誰かの作品を持ってきてカンナ(フック)を上だけとシングルにしてくれと言われた。この上だけというのが難しかった。今では特殊な機械で作れるようになったが手作業が8割を占めるので量はできない。真鶴の釣具店さんには技術的にも大きな力を与えてくれた。会社が大きくなる、人が大きくなる時というのは必ず支えてくれる人がいると自信を持って言える。